言いたいけど言えない

伝えたい。でも言いにくい。そういうことがたくさんある。

「断りたい」「謝りたい」「感謝したい」「お願いしたい」けれど面と向かっては言いにくい。どう言えばいいのかわからない。話すと感情的になってしまい、余計なことを言って関係が悪くなるのも困る。結局言いたいけど言わないでやり過ごす。

それで済むこともあるけれど、「もっと早く言ってほしかった」とか「もっと早く言えばよかった」みたいなことが少なくない。そんなとき、わたしは作文を書くことにしている。

考えを整理してから伝えられる

その場で対応しなければならないようなときは、そんな悠長なことは言ってられないのだけど、何となく先延ばしするというのではなく、なるべく即答を避けて時間を稼ぐ。

「考えさせて」とか「家族に相談してみる」とかなんとか何でもいい。返事を急がないことが大切だ。そう心がけてはいるが、あわてて返事をしてしまって失敗することがいまだにある。

話をしていると、その場の雰囲気や勢いにのまれやすい。相手にせかされることもあるけれど、すぐ何とか言わねば申し訳ない気持ちになることもある。話がエスカレートして、つい感情的になって大げさな態度をとってしまい、あとで気まずい思いをすることもあれば、肝心なことを言い忘れてしまうこともある。気づいたら思いがけない誤解をしたりされたりしてあわてる。会話はむずかしい。

その点作文は伝えたいことを整理して、そういう結論に至った経緯や理由を順に説明できる。見直して不要な言葉を削ることもできる。

日本では「言い訳」というとマイナスなイメージがある。しかしフランスでは言い訳しないほうが不誠実になるという。

日本の場合、理由は何であれ遅れたことを申し訳なく思う姿勢に重点が置かれる。だからあれこれ言い訳する必要がない。言い訳するほうが見苦しいとされる。一方フランスではきちんと言い訳するべきという考えだ。でないと「理由もなく遅れてきた信用できないヤツ」という評価になる。人間は失敗するもの。だからどれだけ懸命に言い訳できるかが重要なのだ。

それはともかく、順序だてて話をするのは簡単ではない。言い訳するのに慣れない日本人はなおさらだ。まして思いや考えを伝えるなど至難の業だ。

心中など日ごとに変わる。そのときの気分でも変わる。本当はどう考えているのか、何が望みなのか、わかっているようでわからない。たいていのことはそんな調子でふわふわしているものだ。ふだんはそれで困らない。ただ伝えたいことを思うように伝えられないままでいるのはもどかしい。そのために書くのである。

言いにくいことを作文にした例

わたしは発達障害で不登校だった子どもの相談に出かける前はかならず作文を書くようにしていた。相手に読んでもらうというより伝えたいことを整理するためのものだ。はじめから書いていたわけではない。先々でこれまでの経緯を一から話さねばならないことがわかってきたからだ。

医療関係者、福祉関係者、教育関係者と相手によって相談内容も違うだけでなく、子どもは成長とともに悩み事も日々変化する。相談時間が限られているなか、思うように伝えられないもどかしさを最小限にし、疑問や質問を忘れないために書いた。少しでもわかりやすく順序だてて話せるように準備しておくことが不可欠だったのだ。

相談先ではわたしの書いた作文をコピーして読ませてほしいと言われることもあった。こんなふうに書いてくれると助かるとも言われた。情報が正確に共有できるということで作文は喜ばれたようだった。こうした作文のおかげで、より丁寧に親身に話を聞いてもらいやすいことはあったかもしれない。

相談後、言われたことや感想も必ず書きとめた。こんなふうに書くだけでは何が変わるわけでもない。しかし、ふしぎと気持ちが落ち着いた。

子ども自身も就活時は頻繁に作文を書かされていた。自身の特徴を知り、どのような支援を必要とするかを自覚するためだ。自身を知り、伝えたいことを書く力は、ないよりあったほうがずっといい。

相手も落ち着いて受けとめられる

言いにくいのは、少なからず相手との関係が悪くなりそうな原因があるからだ。対面では相手にされないか、言い合いになって話が進まなくなるおそれもある。また声の調子や表情、外見に影響される部分も少なくない。大きな声や大きな体格の人には自ずと圧倒されて、言いたいことが言えなくなる可能性もある。感情をぶつけ合うだけでは話し合いにならない。

しかし作文では、相手が自分の都合の良いタイミングで読むことができるので、冷静に受けとめられやすい。また返事を考える時間が持て、落ち着いた話し合いにつなげやすくなる。

言いにくいことを作文にした例

わたしは震災で住宅を任意売却せざるを得なくなったことがある。しかし物件を手離しても債務が残り、返済していかねばならなくなった。さらに新たな住居の家賃が加わることになり、家計は苦境に立たされた。わたしは残債交渉や家賃交渉を作文に書いた。

大事なのは感情的にならず、状況と要望を伝えることである。判断は相手がすることなのでわたしにはどうすることもできない。わたしにできるのは、相手が知りたいであろうこちらの情報を正直に伝え、こちらがしてほしいことを伝えることである。具体的には家計の現状を淡々と詳しく述べ、返済可能な額を明確にしてお願いした。つまり「債務の返済額を月にこれくらいにしたい。なぜなら家計がこのような現状にあるからです。」という感じ。何をしてほしいかを具体的に伝えるための現状報告は重要である。「お金がないから返済できないので何とかなりませんか」といった漠然とした相談は意味がない。相手がイエスかノーと簡単に答えられるくらい詰めて相談する。

もちろん言葉遣いは丁寧に敬意をもって書く。相手は多数担当しており、非常に忙しくしていることを念頭に、わずらわしい調べものをしなくてもいいように情報はまとめてわかりやすく伝える。

家賃の値引き交渉も同じように作文でお願いしたことがある。

その結果、いずれもほぼお願いどおり丁寧に対応してもらうことができた。忙しい相手には、とくに作文は有効である。また、メールではなく手紙にしたほうが確実に相手に届きやすいことも知っておくといいかもしれない。

作文の欠点

とはいえ文章では伝わらないこともある。表情や声がないために誤解されることがあるかもしれない。またすぐに質問できないという欠点もある。

しかし作文は、十分に吟味して書けば誤解を減らせる。また作文は考えを整理し、相手にも落ち着いて受けとめてもらえる方法で、冷静に話し合うきっかけにもなりうる。はじめの一歩として作文には大きな力があるのだ。「話せないから書く」のではなく「よりよく伝える」ために書くという発想を持ちたい。