中短編アンソロジーで効率よくお気に入りを見つける

新しい作品に飽きてきたら

時代の最先端を追いかけるのに疲れることがある。そうすると評価がある程度定まったいわゆる名作をここらでおさえておくのも悪くないという気になる。とはいえ全部読めるものではない。できれば趣味の合う楽しめるものを選びたい。そこで役立つのがガイドブックである。

ガイドブックの作品を一つずつつぶしながら読んでいく読書家も少なくないらしいが、わたしはガイドブックを読むのが好きなのだ。しかしガイドブックというのは、製作者の趣味が露骨にあらわれるものなので、好みが合わないとまったく役に立たないこともあるが、当たるとこれほどおもしろいものはない。ガイドを読んだだけで作品を読んだ気になってしまう作品を省き、ガイドを読んでほんものを読みたくなった作品を選ぶ。投票で作品をランキングづけしたものは、一般的なガイドブックとして人気である。

ここで紹介する新潮文庫100年記念に出版された「日本文学100年の名作全10巻」は、もっと手軽にざっくりできるだけたくさんの作家の作品を読みたい人におすすめしたい。文庫本たった10冊で100年の名作を網羅できるのだからこれほど効率的なものはない。

聞いたことある作家の作品がもれなく読める

たとえば第一巻は森鴎外、谷崎潤一郎、芥川龍之介、内田百閒、江戸川乱歩ほか、一度は聞いたことがあるであろうそうそうたるメンバーの作品が一気に読める。いずれも中短編だから挫折しにくくとりあえず最後まで読みやすい。ただ有名作家の代表作とは限らない。だからといって読んで損する作品はない。今も読み継がれているだけのことはあるのである。この100年の日本がよくわかる作品が収められている。これを読んでから気に入った作家の長編代表作を読んでも遅くない。むしろ無駄がないと思う。

1914年から2013年約100年の日本がわかる

『源氏物語』は読めないけれど

『源氏物語』を今そのまま読むのはむずかしいように、今ある小説もやがて古くなる。そう思うと、関東大震災、戦争、戦後の貧困を生き抜いた人々を描いた小説をまだどうにか読めるわたしたちが読み継がないのはもったいない気がする。

変わるものと変わらないもの

おそろしくはやいスピードで変わりゆくもの

年を重ねるほど時代遅れと言われることが増えた。今はそうじゃない、そんなこと言っちゃいけないという。三十代の人でさえ、十代の感覚についていけないと嘆く。「みんな違ってみんないい」と言いながら、いいことと悪いことがあって、それが時代とともにどんどん変わる。

何年か前に村田沙耶香の『消滅世界』を読んでおののいたことを思い出した。AIが世界を滅ぼすとか気候変動が洒落にならないところまできていることとか、これまでSFの世界でおもしろがってたことが現実になりつつある。これからどう生きようかと不安になる。

そんなとき、読み継がれてきた小説は、理不尽に翻弄されながらもひたむきに生きる人がいたことを教えてくれている。

あいかわらず進歩してないもの

人間の内面にある感情、嫉妬とか怒り、妬み、うらみといったものは、時代や環境が変わっても変わらない。少し豊かになっても、生活が快適に進化したからといって、人間の中身は大して成長していないようだ。

誰かを見下したいわけではない。しかし少しでも優位でいたいという気持ちは消えない。誰かが得したり、自分が損することは許せない。自分が我慢できることを我慢しない人も許せない。そういう人の性質をうまく利用して搾取する者が優秀とされている仕組みが変わらないからか。

作家や小説作品を100年の幅をもって鑑賞できる、新潮文庫の日本文学100年の名作全集は、お手軽なわりに、なかなか感慨深い読書体験になること請け合いである。

日本小説お手軽ガイドとして

新潮文庫の日本文学100年の名作は

  • 第1巻1914-1923 夢見る部屋(宇野浩二)
  • 第2巻1924-1933 幸福の持参者(加能作次郎)
  • 第3巻1934-1943 三月の第四日曜(宮本百合子)
  • 第4巻1944-1953 木の都(織田作之助)
  • 第5巻1954-1963 百万円煎餅(三島由紀夫)
  • 第6巻1964-1973 ベトナム姐ちゃん(野坂昭如)
  • 第7巻1974-1983 公然の秘密(阿部公房)
  • 第8巻1984-1993 薄情くじら(田辺聖子)
  • 第9巻1994-2003 アイロンのある風景(村上春樹)
  • 第10巻2004-2013 バタフライ和文タイプ事務所(小川洋子)

各巻のタイトルは掲載作品の一つからとられている。作品はどんなふうに選んだのかは不明だが、芥川賞作家をはじめ当時の流行作家など、その時代を代表するのにふさわしい作家が選ばれている。